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ブレゲの歴史

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世界5大時計ブランドと称される「ブレゲ」。 独特かつ繊細なデザイン性が目を引く、印象的なブランドですよね。 ここではそんなブランド【ブレゲ】の特徴やブランドの生い立ちなどを掘り下げてまとめています。

ブレゲ時計の特徴

複雑かつ繊細、芸術的なデザイン性は、ブレゲブランドの時計の特徴であり魅力の一つであると言えるでしょう。 ブレゲ独特のデザインを際立たている特徴的な点は文字盤数字、があげられます。

特徴①ギヨシェ文字盤

ギヨシェとは、シルバーやゴールドに規則的なパターンを彫り込むという装飾加工技術です。手動旋盤によるギヨシェ彫りは、ブレゲ・ウォッチを見分ける重要な要素のひとつとして200年以上前から現在まで大切に受け継がれてきました。 ギヨシェには多種多様なモチーフが用いられ、(太陽光線のようなソレイユ、麦の穂のようなバーリーコーン、市松模様のダミエ、炎のようなフラメ等)ブレゲ独特の個性を一層と際立たせています。 鋲打ちのような模様のクル・ド・パリ、市松模様のダミエ、ハウンドトゥース(千鳥格子)のギヨシェ装飾(モデル:Classique 7137)

特徴②ブレゲ針

ブレゲの時計の針は、先端部分に穴が開いていて、月を思わせる斬新なデザインが特徴的です。創立者によって考案されたこの針は、多くのブレゲのモデルに採用されていますが、そのデザイン性から他ブランドでも使用されているほどです。 2世紀以上の歴史もある「ブレゲ針」は、今では時計界の専門用語のひとつとなっています。

特徴②ブレゲ数字

「ブレゲ針」と同様に、創立者によって考案された数字の書体デザイン。 斜体風のアラビアン数字が、華奢で繊細なイメージを際立てている印象です。 この数字に小さな星を象った分目盛や、百合の花をモチーフにした5分毎の目盛が組み合わされています。 ブレゲ針とブレゲ数字(モデル:Classique 7147) 創立者の手によって様々な角度から独自の魅力を生み出していったブレゲブランド。時計への類まれなる才能・センス・情熱を生涯注ぎ続けた創立者の名は【アブラアム・ルイ・ブレゲ】といいます。

ブレゲの創立者【アブラアム・ルイ・ブレゲ】

ブレゲの肖像画 ブレゲの創始者【アブラアム・ルイ・ブレゲ】は、スイスのヌーシャテルで誕生しました。 15歳というまだ幼い年齢でスイスからフランスに渡り、パリやヴェルサイユで時計職人の研鑽を積みます。 そして28歳となる1775年、パリのシテ島に時計工房を独立開業を果たし、ブレゲブランドの歴史の第一歩が刻まれました。

ブレゲの数々の偉業

ブレゲはただ時計を制作するのにとどまらず、現在ではポピュラーな機能の発明を数々生み出しました。 時計の歴史を200年早めた男と時計の歴史に名を刻むほどの偉業を成しえています。

ブレゲが生み出した数々の革新的技術

ブレゲは最初、主に懐中時計や置時計を制作していましたが、1810年、ナポリ王妃の依頼により世界初の腕時計を開発しました。 そして時計の世界三大複雑機構と呼ばれる「ミニッツリピーター」、「トゥールビヨン機構」、「パーペチュアルカレンダー」がありますが、この3つの技術を最初に生み出しのもなんとブレゲなのです。 時計の世界三大複雑機構を詳しく見る また、その他にも「クロノグラフ」、「パラシュート」、「ヒゲゼンマイ」、「クロノグラフ」、「ブレゲ数字」、「ブレゲ針」、「ギヨシェ」などといった、現在も時計界で用いられている技術を開発しました。 彼が時計界の原点という存在であり、現在でもその輝かしい偉業が時計造りや価値の指標になっていることは間違いありません。

世に名を残す著名な顧客たちにも愛されたブレゲの時計

ブレゲの時計工房の開業に助力した修道院長ジョゼフ-フランソワ・マリーは、若きブレゲを庇護し、フランス王室に紹介します。 ブレゲの時計は瞬く間にフランスの貴族たちを魅了し、顧客を獲得していきます。 その顧客の中にはマリー・アントワネット、ナポレオン・ボナパルトと、世に名を残す著名人もいました。 ここではこの2人について詳しくまとめていきます。

熱心な愛好者【マリー・アントワネット】

フランス王妃マリー・アントワネットは、ブレゲがデザインした高級時計をいくつも所有するほどの愛好者でした。 マリーは宮廷を訪れる上流階級の客人たちにもブレゲの時計を熱心に薦めました。その結果、王室にとどまらず外交官たちもブレゲに魅了されるようになり、その評判はヨーロッパ、そして世界中に広まっていくのでした。 1783年、マリーはブレゲに最高の時計を作るように命じ(彼女の愛人ハンス・アクセル・フォン・フェルセンの発注したとの説も有り)ましたが、フランス革命によって、時計が完成する前にこの世を去りました。 マリーの処刑後、時計の開発は続けられましたが、アブラアム・ルイ・ブレゲも完成する前に亡くなります。ブレゲの死後も弟子達が開発を受け継ぎ、ついに1827年に時計は完成したのでした。 こうして完成したのがブレゲNo.160「マリー・アントワネット」と呼ばれる金色の懐中時計です。 ブレゲNo.160「マリー・アントワネット」

革命家【ナポレオン・ボナパルト】

かの有名なあのフランスの皇帝【ナポレオン・ボナパルト】も、ブレゲの熱心な顧客の一人でした。 自身の権力・ステータスのシンボルとなるに値する一流品、そして軍事行動において堅固で信頼できる時計を必要とし、ブレゲの時計を愛用していたそうです。 地位と権力のある著名人に愛されてきたブレゲの時計。 新しい技術を次々と生み出し、時計の細部までこだわった独創的な時計に心を奪われてしまうのも納得してしまいます。

ブレゲの主な年表

1775年 アブラアム・ルイ・ブレゲは、シテ島の時計河岸に独立開業する。
1776年 一人息子であるアントワーヌ・ルイ・ブレゲが誕生。この4年後に妻が死去。
1798年 フランス工業製品博覧会で金メダルを受賞。
1823年 アブラアム・ルイ・ブレゲがフランス工業製品博覧会の審査員になる。同年9月17日、76歳で死去。息子であるアントワーヌ=ルイ.ブレゲが社長就任。
1833年 アントワーヌ・ルイ・ブレゲの引退。アブラアムの孫でありアントワーヌの息子でもあるルイ・クレマン・ブレゲの社長就任。
1870年 ルイ・クレマン・ブレゲは、これより電気の応用の研究に全面的に身を捧げることに決めエドワード.ブラウンに時計部門の事業を売却する。以降、1970年までブラウン家の所有となる。
1970年 時計ブランドであるブレゲは、宝石細工商ショーメ社に買収される。
1976年 ブレゲの工房は、ル・ブラシュス(ヴァレ・ド・ジュウ)に設立され全面的にスイスで制作されることになる。
1983年 イスラエルのエルサレムに設立されたL.A.メイヤー記念イスラム美術館から、「マリー・アントワネットの時計」と呼ばれる「ブレゲNo.160」が盗難にあう。
1991年 ブレゲ時計グループの創立。
1999年 ブレゲ時計グループは世界一の時計制作グループであるスウォッチグループに買収される。ブレゲ時計店がヴァンドーム広場にて開店。翌年同広場にブレゲ美術館開館。
2007年 11月11日に行方不明となっていた「ブレゲNo.160」が発見され、翌年のバーゼルフェアでブレゲ社が唯一作ったレプリカ「No.1160」とともに展示され話題をよんだ。「No.1160」は完成以来スイスから出ることはなかったが、日本でのみ2009年5月に銀座のニコラス・G・ハイエックセンターで展示された。

ブレゲの買取相場は?

200年以上の長い歴史があり、繊細な技術が多く使用されているブレゲの時計は、付属品の有無・製造年月・保存状態などにより査定価格は変動いたします。 時計買取.bizでは査定士が丁寧に査定をし、ご満足・ご納得のいく価格での買取に努めさせていただきます。 ブレゲの買取相場&買取実績をチェック できるだけ高価買取を目指したい!という方は下記のチェックリストでポイントを確認してみましょう。 時計を高く売るための5つのコツをチェック